しかし、これからの時代は、大きさは別にして、あらゆる場面で立候補しないで生きていくことが、困難になるのではないでしょうか。どっちの道に行きたいのか、何がいやで何がしたいのか、何を美しいと感じ何をみにくいと思うのか、そういったことを自分なりに生きるための「軸」として持っていないと、他人とリンクしたり、他人の協力を得られたりができないでしょう。
たくさん生産できても、消費する市場がそれに見合った力を持ってなかったら、いくら忙しく働いても、つくったこと、つくったものが、実はムダになってしまう。休み方も、仕事のように真剣に研究するべき課題です。特に、インターネットという、いつでも、いくらでも仕事をし続けられるような道具ができたら、もっと「休み方」を真剣に考えていかないと、キツイことになるはずです。
はじめから「ちょうどいい」ところを考えつくというのは、なかなか難しいことなのです。
それならば、一番極端なところをいったん考えてみる。そうしたら、「そこまではいらない」とか、「それはひどい」「それじゃ意味がないじゃん」とか、自分の心の底のほうにあったほんとののぞみが、輪郭を持ち出すと思うんです。
ポジティブシンキングとか、そういうことではありません。その失敗や不運の向こう側には、案外、もっと行ってみたい場所があったりするものなのですね。そのことを、何となく信じてきたのです。みんなが納得してくれるような右だか左だかを、じょうずに選び続けてきた人も、、きっと、実際にいるのでしょう。でも、たいていの人は、「やらなきゃよかった」と思うようなことや、「ああ、しまった」というようなことを、いっぱいしてきているはずなのです。